発達障害グレー

娘が発達テストを受けるまで~家族の説得

子どもが保育園で滑り台をしている様子

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我が家の長女は発達障害グレーゾーンです。はっきりした診断はついていませんが、自閉症スペクトラム傾向、と主治医より言われています。これまで自治体の通級指導教室、病院での療育、並行して民間の療育利用をしてきました。

現在10歳になった娘は、療育を終了して小さな問題はあるけれど落ち着いた学校生活を送れています。

今は私も娘の特性も理解し、発達障害が将来が見えないものでも人として劣っているわけでもないことを知っています。ただ、はじめは夫の理解も得られず、毎日のようにパニックを起こす娘の将来が想像できなくて精神的に追い詰められていた時期がありました。

そんなとき私の支えになっていたのが、同じ悩みをもつ方のブログでした。発達障害の本はたくさんあります。でも私が知りたいのは各家庭でどういった対応してきたか、どういう気持ちでいたか、でした。同じことで悩んでいる人がいるというだけでも救いだったんです。

娘のことを書くとなるとなかなか書けなくて、発達障害グレーのカテゴリーは日記的な内容が多くなると思います。お子さんのことで悩んでいる方が1つの家庭の事例として見てくれたら嬉しいと思います。

今日は娘が発達テストを受けるまで、を書いて行きます。

子どもが保育士を遊んでいる様子

0歳~3歳まで

赤ちゃんの頃からとても過敏なの子でした。人見知りが始まるのが早く生後4か月には私以外の抱っこは受け入れなくなっていました。生後5ヵ月に保育園に入園した際には、先生に敏感な子だ、と言われた記憶があります。哺乳瓶でミルクを飲ませるのに先生も手こずり、お母さんの飲ませ方を見せてほしい、哺乳瓶を家から持参してほしいなど保育園から頼まれるくらいでした。

2歳からは泣きはじめると泣き止むのに相当時間がかかる、お友達とトラブルとなる、ということがたびたび起こるようになりました。まだ一人遊びが中心のクラスの中で、お友達のおもちゃを取り上げてしまうことが多くあり、先生には他者の認識が早いと言われました。一人遊びはあまりせず、ずっと寝ているとき以外は誰かが相手にしている感じでした。言葉の出始めは少し遅かったです。

ただ、検診で何かを指摘されることはなく、検診の先生に相談しても「まだ個人差が大きい時期だからね~。ちゃんと反応はあるし、問題ないよ。」と言われていました。

私も第一子なので娘の成長がどうなのか全くわからなかったんですよね。なんとなく漠然とした不安を感じていた時期です。

子どもが勉強をしている様子

4歳:やっぱりなにか気になる

なんとなく感じていた不安は生活面でも支障がでるようになってきました。集団行動が全くできず、ゲームでは勝ちにこだわるようになりました。工作など集中して行う作業には参加できずに一人で過ごすことが増えました。

感覚の過敏も目立つようになりました。

  • 長靴を嫌がる
  • 靴下を嫌がる
  • 襟付きの服が着れない
  • パンツを嫌がる
  • 髪が自分の首に触れるのを嫌がる
  • ハイネックやパフスリーブなど締め付け感のある服は着れない
  • ズボンもゴムの加減によっては着れない
  • スカートのひらひらが気になる
  • 帽子はかぶれない
  • 靴は1サイズ大き目

あげ出したらキリがないくらいです。毎日服を着るのに相当の時間を使っていました。靴下は履けるものがあれば大量に買い込み、時には縫い目がないように裏返して履かせていました。

この頃、担当していた先生に

「発達でお母さんが気になっていることはありませんか?一度相談に行ってみませんか?」

と言われました。このときはショックというより、「あぁ、そうなんだな。」と妙に納得したことを覚えています。漠然と感じていた不安が一気に現実味を帯びてきた瞬間でした。

自治体の通教室開始:パパの説得

先生に指摘されてからの行動は早かったと思います。

それまで長女のことはパパにも相談してきましたが、心配しすぎでは?と言われていました。発達障害と言われることにパパは抵抗があったようで、通級教室に通うこともかなり反対されました。

私の住んでいるところでは通級指導には発達障害の診断は必要ありません。発達がちょっと気になる、心配、という親の相談で通うことができます。なのでパパにはいきなり発達テストを受けるより、段階を踏んで理解してもらおうと思ったんです。苦手なことができるようになったらいいよね、習い事と思って通ってみようよ、と話しをしました。それでもパパの抵抗は大きく、この頃は離婚も考えていた時期です。

なんとかパパを説得して申し込みをし、各週の土曜に4名程度のグループで通級教室が始まりました。発達が気になる子が通っていますが、娘がダントツで椅子に座れない、指示に従えないなどの行動が目立ちました。

専門の機関で発達を診てもらったほうがいいと思ってからは、パパをひたすら毎日説得していました。発達障害かもしれない状況を全く受け入れられないパパにあるとき、

「パパは〇〇ができる子じゃないとダメなの?〇〇が困っていること、辛いことが何か理解してあげようよ。別に診断がほしいわけじゃないんだよ。何に〇〇が生活しずらさを感じてるか、どうしたらそれを解消してあげられる私たちしか分かってあげられないんじゃないの?」

と言いました。

もともと娘を溺愛しているパパです。パパのなかでもなにかストンと落ちるものがあったようで、これまでの抵抗がうそのように早く予約しよう、となりました。

発達障害を診てもらえる医療機関に相談の連絡をして、診察の予約をいれました。予約は6か月先でした。

最後に

今日は発達テストを受けるまでの経緯を書きました。パパは毎日ずっとそばで娘を見ているわけではなかったので、私との温度差がかなりありました。どうして理解してくれないのか、娘を恥ずかしいと感じているじゃないかと私はパパに対して嫌な感情を持つようになり離婚を考えていました。

今思えばパパも娘のことを心配していたんです。ただ、診断がついてしまうと、今後の娘の人生で不利益があるんじゃないかとずっと心配だったようです。お互い娘の状況を受容するのに余裕がなかったんです。

発達テストは診断名が重要なわけではありません。娘の生きにくさを理解するために必要なものでした。

長くなってしまうので、今日はこのくらいにします。また次回発達テストのことを書きたいと思います。

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